カオル クロニクル
1964年 ヨコハマの片隅にある古本屋にて誕生。
1975年 友人の兄に影響されて白いフォークギターを買う。その頃はリードギターという楽器が売っていると信じていた。
1982年 高校在学中ボーカリストとしてロックバンドBURNに加入。第3回ヨコハマホットウェーブフェスティバルでグランプリ受賞。ゲストのサザン桑田さんにキスされる。少し気持ち悪かった。
1984年 BURN解散そしてWHO'S WHOを結成。
1988年 YAMAHA BAND EXPROSION日本代表になるが例の天皇ピンチによる自粛ブームにより武道館世界大会中止。バブル崩壊とともにCDデビューの話も消滅。ビタミンC破壊活動(喫煙)と肝臓虐待行為(飲酒など)に明け暮れる日々が続く。広辞苑を愛読し完璧な活字中毒者となる。
1990年 アジアの風に誘われるままギターを抱えて旅に出る。香港のベッドで激しい下痢と闘ってる最中に神と出逢うが 後にそれは宿の主人であることが判明。バクチ好きの神であった。(裏DVDR盗賊盤にちらりと収録)
1991年 帰国後結婚。セックス・ドラクエ・ロックンロールを信条とし寝ている時間以外ひたすらその3つに没頭。当然他人からは後ろ指をさされ遂に狂ったかと陰口を叩かれるようになる。
1993年 WHO'S WHO解散。離婚。世の中を斜めに見るようになる。弾けもしないピアノを鳴らしせつな系ソロ活動開始。
1995年 河相我聞のCMソング採用をきっかけに作家活動開始。
作詞家用のペンネームは薫風丸(くんぷうまる)。
1997年 ライブハウス新横浜BELLSのプロデューサーに就任。偉そうな肩書きがイヤで名刺をグラフィックイコライザーに変更。低音を持ち上げたりハイカットに精を出す毎日。大量のストレスを抱え2日で3本のバーボンを飲むようになる。安定剤をつまみ代わりに齧る完全なアルコール中毒者。
2002年 ワールドカップのフーリガンの暴動を恐れ新横浜BELLSを退社。ただのチンピラ詩人となる。今さら音楽で人生を棒に振ることを決意。その大馬鹿野郎ぶりを見るに見かねた酔狂な業界不良軍団がカオルを囲む会「それで委員会」を結成。黒船に乗り込み向かい風の中ノロノロとあてのない航海に出る。この年の「5月1日」より「断酒」をはじめた。
2003年 沢山ライブをした。音楽専門学校の講師をはじめるが1年でリタイア。
2004年 6/9ロックの日に睡眠薬を98錠飲み自殺未遂。鬱病になってしまった。
2005年 専門学校の講師に復帰するも半年でリタイア。9/11にカオル主催のイベント「sweet revolution」で150人を集める。カオルにしては「すごい人数」だったが
それは「縁のあるライブハウスのブッキングマーネージャー達」に「パーティー券のようなノルマをつけた」という荒技のおかげだろう。黒猫のレインと古本屋の2階で居候を始める。
2007年 だましだましライブ活動を続けてきたがダメになった。アテのない航海に出た海賊船カオル号は羅針盤をなくしたようだ。ライブ活動休止宣言。
2008年 なんの成長もせずに再びライブ活動開始。3月の復活ワンマンでは号泣し受賞したアイドルの気持ちを理解。4月盟友塚本晃と「ジェネレーションズを唄う会」を開催。長いので「ジェネ会」とし お客さんを「ジェネラー」と。山賊盤 海賊盤 盗賊盤のリニューアル。題字は千綿偉功。誕生日プレゼント目当てにブログに「現住所 電話番号」を載せる。レコーディング資金目当てに「銀行口座」も公開。
千綿偉功と大森洋平と「無条件幸福」というイベントを始める。「武道館でやる」と宣言した。本気である。
7月初旬にレコーディング。塚本晃がプロデュース。
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