最後のアジト




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最後のアジト10「腹ペコロッカーに七色のスパイスを」

最近のバンドマンも貧乏なのだろうか。
オレがガキの頃はまるでそんな法律でもあるかのように仲間のバンドマンはみんな貧乏で特に冬は絶望的だった。
ドラマーのS君は三畳一間に住んでおり遊びに行くとスティックを渡される。
身体を動かしていないと寒くて死んでしまうのでそれで膝を叩き暖をとれ言うのである。
阿佐田哲也の小説からヒントを得たという七味唐辛子を大量に入れた焼酎を
(立ち食いそばに容器半分ぐらいの七味を入れその真っ赤なそばを食べると身体は火照り胃が焼けただれて
2,3日何も喰えなくなるので金を使わずにすむという荒技が書いてある。)飲みながらこんな会話をした。
「○○の家行ったら結露すごかったぞ。」「ホントかよ。うらやましいな。」お分かりだろうか。
結露があるのは暖房がある証拠。外より中の方が暖かいからなのである。S君は現在プロとしてがんばっているが
彼が上手くなったのは練習熱心だったのではなく
ため息をついても窓の曇らない極寒の部屋に住んでいたからに違いない。
ギリギリの暮らしをしている連中が多かったがそれでもわりと楽しそうだった。満員電車にも乗らなかったし
頭を下げてまで働こうなんて思いつきもしなかった。自分探しもストレスも関係なかった。
何も所有していなかったから守る必要はなかった。若いというのはただそれだけで価値がある。
でもオレは貧乏やハングリー精神が必ずしも美徳だとは思わない。金がないと絶対に得ることができない幸せや
伸ばせない才能もある。意味のない苦労なんてしない方がいい。しかしそれでもオレは言う。
必要以上に貧乏を恐れることはないと。貧乏はつらいことだが恥ずかしいことではない。
自分の現状を正当化するみたいで心苦しいがそう思う。春だ。仕事のないキミは途方に暮れるだろう。
若い才能に嫉妬し焦るだろう。でも本当に恥ずかしいのは金もないのに金のあるフリをしたり
新入社員に苦労を強要したり貧乏に負けてプライドを捨てたり自殺をすることだとオレは思う。