新・最後のアジト




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新・最後のアジトact.16 「サラミのトラウマに南国の焼酎を」

カオルだってキミタチと同じく素っ裸で泣きわめきなが産まれてきたのである。
ただキミタチととっても大きく違うことはカオルの場合は「ミチコママ」の「アナ」を
切り裂いて登場したのでありキミタチはミチコママからではない。
1964年。あの時は「東京オリンピック」でそこらじゅうがうるさかったなあ。
なんて覚えているわけがないだろ。
カオルはアル中・薬物乱用で普通の人と比べて「脳が10%近く縮んでいて忘れっぽくなっているが
4歳ぐらいの頃の「サラミ事件」というのは覚えている。
カオルが通園していた幼稚園は「お弁当制」であった。
ミチコママ制作のそれを黄色い幼稚園バッグに入れ時には泣きながら週6日3年間も通ったのである。
ある日の昼食時隣のケンちゃん(仮名。つーか忘れた)が「奇妙な弁当」を持ってきていた。
それは「白米の上に輪切りのサラミがびっしりと敷き詰められている弁当」であった。
ミチコママのはごく平均的で卵焼きとかリンゴとかそんなもんであったから
好奇心おう盛なカオルにとってそれは「未知との遭遇」であった。
そして30年後のアル中を予見するように通常「酒のツマミ」として愛用されるサラミに
強く魅かれたのである。「ゴクリ」とのんだかもしれない。ツバを。
いま思えば「サラミ弁当」はかなり「乱暴」なものであったがケンちゃんのパパはママに逃げられ
オトコ手ひとつで育てていたのだから仕方ない。(推測)
カオルは我慢できずにケンちゃんに懇願した。
「あの。それをひとつカオルの卵焼きと交換して頂くことは出来ないだろうか?」
「あん?別にイイよ。交換じゃなくて2〜3個あげるよ。ハイ」。
カオルは礼を言うのも忘れサラミを口に入れてみた。ちょっと堅い。初体験の味だ。モグモグと噛む。
するとどうだ。体温で脂肪分が溶け始めジャンクでロックな味が口いっぱい広がるではないか。
しかも「噛めば噛むほど」肉汁のようなうま味が。やばい。すげー美味い。
残りのサラミもガツガツとむさぼり食いミチコママのわりと「自然派嗜好」の対極に位置する
「サブカルチャー的余韻」にしびれていた。
「あのケンちゃん。この食品は非常に美味いものですね。カオルは大変感動しておる次第です」
「そう。オレ毎日食ってから。卵焼きのが美味いよ」
「いや。それはないものねだりというもので。そうですか。ケンちゃんはこんなパワフルなものを
日々食されていると。ふむ。だから駆けっこも速いのですな」
「意味わかんねーよ。リンゴも美味いね」
「あの。お食事中たびたび失礼なんですがこの食品はいったいどこで入手できるのですか?
やはり高価なのでしょうか?」
「たぶん駅前のスーパーだよ。オレんちビンボーだからたぶん安いよ」
「わかりました。貴重な情報ありがとうございます。お。そろそろランチタイム終了ですな。
今日も行きますか?砂場」
てなカンジで興奮気味に自宅まで猛ダッシュで帰ったカオル。
「おいミチコママ。大事な話がある。ちょっとここに座りたまえ」
「なにハアハアしてんの。忙しいんだから。なんなの?」
「実は今日幼稚園ですげー美味いものを食った。ケンちゃんに少し貰った。
そんでカオルも明日弁当に持っていきたいのだ」
「ふ〜ん。いいけどそれ何?」
「お?あが?『食品名』か。訊くの忘れた」
「じゃわかんなんないよ。あきらめな」
「待て。ちょっと待て。あきらめられない。そうだ。図に書いて説明する。
色鉛筆などをとってくるからそこで待機しているように」
カオルは「図解」し始めた。まず長方形の弁当箱を描く。
その中にびっしりと500円玉ぐらいの「丸」を描く。ふむ。これじゃ絶対伝わらんな。
他に何か特徴は。そうだ。「白い脂肪」だ。よし。
カオルは「丸」の中にさらに「小さな丸」を6個ぐらいづつ記入しその脂肪の部分が
「白抜き」に見えるように紫色とコゲ茶色の色鉛筆を巧みに操り塗りつぶしていく。
よし。完成だ。完璧だ。
「ミチコママよ。これだ。これがその食品だ。駅前のスーパーで売っているらしいからよろしく。
オレはタイガーマスク見てくるから。色鉛筆なども本日は自ら片づけるから御褒美だと思って
御足労だがゲットしてきて欲しい」
次の日浮かれながら登園する。ランチタイムが近づく。「弁当の唄」も自然に熱唱気味になっていく。
ちょっとメロディーをフェイクしたりしたかもしれない。さあ。手も洗った。ガッツリ食うぞ。
慌て気味に弁当を包んでいる布を取りはずし勢い込んで弁当箱のフタを開ける。
「ぬな?.....」遠くの森でコマドリが鳴いている。
国会議事堂前の「全学連のデモ」は終結したのだろうか?
そろそろ「爪を切る」時期だなあ。
カオルは硬直している。
いや。とりあえず食ってみよう。バージョンが違うだけかもしれない。物は試しだ。
ちょっとムリに笑ってみよう。子供らしくはしゃぎながら。
わ〜い。うんまそぉ〜。いったらきま〜す。がぶり。
「シャクシャク。シャクシャク」
その食品が「ハス・レンコン」と呼ばれるものだと知るのはおよそ15年後である。
ケンちゃんはカオルの異変に気づく。「どうしたの?あ。それ何?1個もらってもいい?」
「あげる。ぜんぶあげてもいい。先に言っとくけど全然美味くないよ」
「どれどれ?シャクシャクするね。ホントだ。美味くないというかちょっとボクらには『渋い』よね」
「だろ。たぶんオレ達がこの微妙な味を理解するにはたぶん20年以上かかる。
これはハスを薄切りにし醤油ベースで薄味に仕上げたもの。たぶんミチコママは『円の中の丸と茶色』から
これを推測したのだろう」「ねえ。こっちのは辛いね。穴になんか入ってイルよ」
「その正確な名称を知るのもたぶん15年ぐらい先だがこれは回想シーンなので正解を言うけどそれは
ミチコママ出身の熊本名物辛しレンコンだ。穴に詰められているのはからしだ。たぶん『ハスのみ』では
バリエーションに欠けると彼女は判断し故郷から贈られてきたモノを添えてみたのだろう」
「へー辛いね。家のパパが好きそうだ」
「そう。辛しレンコンと球磨焼酎。この組合せは酒飲みにとって絶品だが4歳児である我々には
現時点での理解はムリである」「カオル君涙でてるよ」
ああ泣きましたとも。悔しくて辛くて。つーんとしましたよ。
カオルはすでに人生の心理をひとつ体験しましたよ。「期待するから裏切られる」
さらに教訓も得ましたよ。「絵でも文章でもいいから『真意を正確に伝達する方法』を
いち早くオリジナルで得とくしないと『予想外のものを食べさせられるハメ』になる」と。
まだあるぞ。「その『現物(輪切りのサラミ)』だけで判断せずその物体がそもそも
『どういう形状(棒状のサラミ)』であったのか・どういうプロセスを経てこのカタチになったのかを
理解する能力を身に付けないと『想定外の辛いを体験させられるハメ』になる」と。
あれから30年以上あっという間に過ぎたがカオルは酒を辞めたので「焼酎&辛しレンコン」の
黄金の組合せを知らないのである。つーかいまさら知りたくもねーし。
一生辛しレンコン食わなくてもいいし。ハスもな。サラミもな。シュウマイのからしも不要だ。
トラウマ?
ちなみにこの文章を書くためにミチコママに「取材」したところ
「アタシがそんなドジ踏む訳ない。あんたの記憶違いだ。脳縮んでるし」の一点張りである。
真実は闇の彼方。
   
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