新・最後のアジト




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新・最後のアジトact.18 「ルーキーのピザ屋に3千円札のエチュードを」

昨年の秋にジャパンのお金が「新札」に変わった。カオルが眉毛を引っこ抜きだした頃の話である。
ある日カオルとミチコママは実家でそこはかとなく黄昏ていた。その日はふたりきりだし黄昏てるから
「わざわざ食事の用意しなくてイイよ。ピザでもとろう。金はミチコ持ちな」
「いいけどアタシ出前のピザなんて注文したことないし食べたこともない」
「心配するな。カオルがやる。ミチコは金を支払えばよい。30分後に届くからむさぼり食おう」
電話をする。「はいピザ屋です」
「カオルですが注文をお願いします」
「え?注文ですか?ちょっとノ.」プチッ。保留の電子音。え?
しかしすぐ復活。「お待たせしました。御注文ですね?お支払いはどうしますか?」
とても若そうな男子の声だ。「あのさ。オレじゃなくてミチコがだけどさ。おちゃんと支払うよ。
でもその前に注文品が出揃い合計金額が出たアカツキの方がいいんじゃねーですか?」
プチッ。また保留の電子音。
わかった。彼は(名前を仮にケンちゃんとしよう)高校3年生でバイトまだ5日目ぐらいなんだ。
そんで普段は「制作係」なんだけど今日は初の「電話係」になっちゃったんだ。仕方ない。
カオルは40過ぎのオッサンの風格で余裕の対応をしおう。
電話復活。「お待たせしました。では御注文の方どうぞ」
「うむ。カオルはサクサクした生地が好きなのでそれで頼む。
 そんでMサイズのハーフ&ハーフでノ」
「え?ハーフ&ハーフですか?」プチッ。保留。電子音のメロディーは「 LET IT BE 」
カオルは推測する。たぶんケンちゃんはガールフレンドの愛ちゃん(仮名)とデートだったのだ。
そんで17時にあがっていちゃつく予定だったのだ。
しかし今日は他のバイト君がバックレてヒトでも足りなくて意地悪な店長が「ラブラブケンちゃん」に
嫉妬したりでケンちゃんに「残業」を言い渡したのだ。
例:「あーケンちゃんよ。今夜キミ残業ね」「え。でもボクちっと用が」
「デートでしょ。社会をなめたらいかんよ。オトコは7人の敵だよ。
 じゃあデートに行ってもいいけど明日からもうバイトこなくてイイから。キヒヒヒ」
ケンちゃんはせっかく見つけたバイトだから仕方なく残業することに。携帯で愛ちゃんメールを入れる。
「愛ちゃん。超ゴメン。今日残業になっちゃった。
 何時に行けるかわかんないけどまた連絡するから待っててね。マジでゴメンね。m(・・)m」
光速で返事が来る。
「あ〜そうですか。思う存分お働きになって下さい。(- -)# 
 アタシはZ君達とカラオケでもしながらアテにせずに待ってるので。(` ̄*)# 」
そりゃあガックリでパニックするよな。さらに週末のクソ忙しい時間帯に「ハーフ&ハーフ」だろ?
めんどーだよな。1枚にしろってかんじだよな。カオルが悪かった。ラジャー。
電話復活「大変お待たせいたしました。Mサイズのハーフ&ハーフですね」
「いや。それはトラブルの元だ。中止にする。Mサイズのサクサクのサラミのみやつでいい。
 とにかく簡単なやつでイイ。それとサイドーオーダーだけどよろしいか?」
「はい。お願いします」
「じゃあこのポテトとチキンのセットのやつで。ソースはマスタード。それとペプシをひとつ頼む」
「はいわかりました。えーと。お飲み物など御一緒にいかがでしょうか?」
ん?カオルは確かに脳が溶けてるが12秒前ぐらいのことなら覚えている。
あ。違う。オレのミスだ。ペプシではなくちゃんと「コーラ」と言うべきだったのだ。
「えーと。飲み物はペプシコーラ。ひとつね。なかったらオレンジでもウーロンでもイイよ」
「了解しました。では御注文の確認です」お。ピッタリ。あってるぞ。
「それでは合計金額ですが2450円になります。お支払いの方はどうなされますか?」
ついに来た。ゴールは近い。やればできるじゃんか。ケンちゃんナイス!
「じゃあ3千円で」
「え?3千札ですか?」
うご?今度はカオルが保留ボタンを押した。
「おいミチコママ。アナタの財布に3千円札はあるか?最近新札出たろ。オレも念のため探してみるから」
しかしカオルのポケットには千円札が4枚あるだけで3千円札はない。
「アタシ3千円札なんて持ってないよ。古いのと新しい1万円と千円がちょっと」
「よしわかった。ないものはしゃーない。ココはひとつケンちゃんに泣いてもらおう」
電話復活「もしもし。カオルだけど。千円札3枚でもイイ?」
「わかりました。それでは大変ピザの方お熱くなってますので気をつけて下さい」
おいおいそれは「配達係」の台詞だろと想ったがいまさらそんなのへーこいてぷーである。

「よし。注文完了だ。約30分後にピザが届く。
 それまでお互い読書やストレッチなど有効な時間を過ごしながら到着を待とう」
「ねえ。ピザを注文するのってそんなに大変なの?」
「うむ。ワンマンで50人集めるより大変だ。今日なんかいい方だ。ラッキーだったよ」
死闘でエネルギー枯渇状態にあるカオルはぼーっとテレビを観ている。
ミチコママは食卓で何やらごそごそと。
「お。ミチコママよ。ハシはいらんぞ。ソースも醤油もいらん。
 ネギを刻もうとしているな?いらん。いやいい。せっかく用意したんだからそのままで。
 発見があるかもしれん。しかし辣油と酢はカオルいらない」

ピンポーン。来た。「ピザ屋です。注文の品は以上でよろしいですか?「よろしいです」
「ではお会計2450円になります。お支払いは1万円ですよね」
つたわってねー。
「おいミチコ。財布貸せ。イイから貸せ」
カオルは玄関の床にあぐらをかいて座り千円札を3枚バンと置き新・旧1万円札をドンバシッと並べ
「おいアンちゃん。どれでも好きなの持っていきな」
眉毛を抜いたばかりで若干血がにじんでいるカオルの形相にたじろぎながら
「あ。バイト君なんかやっちゃたかな」的に硬直した顔で配達係は新1万円札をとりお釣りを置いていった。
悪党カオルは床に散乱した現金をすべて着服しながら食卓にピザを運ぶ。

以上が「3千円札事件」の顛末である。
付け加えるなら「醤油をつけたピザはわりと美味い」である。

おしまい。
   
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