新・最後のアジト




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新・最後のアジトact.30 「シルバーシートにウエディングドレスの花嫁を」

カオルはてろ〜んと東急線に乗っていた。
向かいの席はいわゆる「シルバーシート」。女子学生がふたり座っている。
その前に身なりのいいカルチャーセンターに3つぐらい通っていそうなおば様が立っている。
おば様は丁寧だけれど命令に似た口調で彼女達に「御注意」を言いはじめた。
「ねえ。あなた達。この席はね。お年寄や体の不自由な人達の専用席なの。
 あなた達のような若くて健康な人が座るのはどうかと思うんだけれど」
オレは彼女達が「うぜーよ。ばばあ。それよりダンナの浮気を注意しな」とか
そういうロックな反応を期待していたのだけれどおとなしく幾分恥ずかしそうに席を移動した。
おば様は満足そうに次の駅で降りた。

カオルは張り紙を確認してみた。「専用席」とはどこにも書かれていない。
大きく愛想のない字体で「優先席・priority seat」とある。彼女達は悪くない。おば様が間違っている。

車内はかなり空いていた。「見た目」ではその「優先席」を必要としているカンジの人はいない。
それに彼女達は生理痛がひどかったのかもしれないし失恋して立ってられる状況じゃなかったのかもしれない。
まあ実際はチョコレートを分けあいながらはしゃいでいたのでそうじゃないと思うけれど。
とにかくそこに彼女達が座ってるのは「どうかと」とはカオルは思わない。全然思わない。
該当者が現われたらサッと席を譲ればいいだけの話だ。
オレはよっぽどその3名に「おせっかい」しようと思ったのだけれど
ヘトヘトでクヨクヨでガッツがなかったからその「間違った美徳の押し売り」を傍観していた。

カオルはその類いの「常識・美徳の横行」が大嫌いだ。そういう現場にいたり
そういう常識を「語られる」と何かでかい音のするモノを思いきり蹴飛ばしたくなる。
なぜ「友人の結婚式のお祝い金」の「相場」は「3万とか5万円の割りきれない奇数」なのか。
くだらねー。何が「偶数だと割りきれて縁起が悪いから」だ。3万だって1万5千円になるじゃん。
図書券でもパスネットでもイイじゃねーか。
ゲストの経済状況によっては3万は一月分の食費に相当したりするんだぞ。
でもおば様は言うだろう。「仲のいい御友人でしょ。一生に一度のことだし。
そうね。最低3万円ぐらいが『常識的な金額』なんじゃないのかしら」

もしかしたらその「3万の常識」に縛られその金額を捻出できずに
結婚式の参加を断念する人がいるかもしれない。祝いたいけれどお金がない。恥ずかしい。
そして適当な「言い訳」を探すのだ。
そんなくだらない常識がなく「気持ちがこもっていれば切手でもタオルでもいい」だったら。

女子学生はこれから「優先席には座ってはいけない」と盲目的に信じ
いつか産むであろうお子様にもそう教育するのだろうか。

カオルは今月ある結婚式・披露宴に招かれている。とても大事な仲間達の。
でもカネがねーから現金では祝えない。絵を描いて唄ってくる。オリジナルの唄にふたりの名前をいれて。

おしまい。
   
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