バラッドキング日記




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  「バラッドキング日記 その2」
   
今回のレコーディグの「コンセプト」みたいなものは
ちゃんとあるわけじゃなかったのだけれど
オレと塚本で「暗黙の了解」があった。
 
それは「その時の精神の揺れや体調も含めて
 かぎりなく自然なもの(生)をただ記録しよう」だ。
記録。レコーディング。生。アコースティック。
 
その結果ほとんどの曲が
「唄とピアノ同時録音 一発録り パンチイン ピッチシフターなし」になった。
詳しくはあとで説明するけれどこれはかなり大変だった。
 
最初にエンジニアのカッパちゃんと塚本が少しこの件で衝突した。
カッパちゃんは東京でのさまざまなレコーディング経験で
「どんな有名な人でも力量のある人でも
 同時録音一発録りというのはハードルが高い。
 天才ピアニスト矢野顕子でもその罠にはまった。
 だから5日間で全曲撮ろうと想わずに2曲とれたらラッキーぐらいで
 やった方がいい」
でも塚本は折れなかった。
「聴けばわかるけどカオルはそれができるし
 逆に言えばそれしかできない。だから全曲録音たい」
 
オレは小耳で聴きながら「オレも全曲録りたい」と想った。
案ずるより産むが易し。
オレはスタジオにいてミキシングルームには塚本とカッパッちゃんだけだったから
その現場は見ていないのだけれど
オレが弾きながら唄いだしてカッパちゃんの顔色が変わったらしい。
「うむ。すごいエネルギーとすごい歌詞だ。
 この『生のカンジと世界観を録らなきゃ』」とつぶやきながら
ピアノとボーカールのマイクの種類と位置を変えた。
最終日まで同じ場所にマイクはあった。
エンジニアのプロが選択した「最も相応しい場所」に。
 
 
現代のレコーディングはデジタルの出現によって
アナログ時代とずいぶん変わった。
例えばどこかの箇所の「唄の音程」が悪かったとする。
昔は「ちゃんとできるまで」やり直したのだが
デジタルだと「その部分だけ機械で音程の補正」ができる。
(その機械の名称がピッチシフターだ)
例えばどこかの箇所の「楽器のリズム」が悪かったとする。
それも「その箇所だけデジタル補正」ができる。
 
「リンダのシャララララ」のコーラスがある。
オレはハモリの部分も含めてぜんぶ唄ったけれど
いまは「シャラララ」と1度だけ唄えば
あとはそれを「音程を直し コーピー&ペースト」で
必要な場所に「貼付けていく」が主流だ。
そして機械を使えば「シャラララの主旋律に対してのハモリ」も
「正確なハモリの音程に変換」してコピーペでオッケー。
時間と「効率」を考えればその方がいいのだけれどなんか気持ちわるい。
 
やろうと想えば。
シャラララと1度唄いそれを100人分ぐらいのコピーをつくる。
それを「ほんのちょっと人間っぽい揺れ」をデジタル操作する。
さらにその声を「黒人の男性風」「少女風」などに変換する。
それらをいろんなパターンのハモリを機械でつくる。
そうするとお手軽に「教会の大広間での100人の合唱風」ができる。
機械が進歩しているからよほど専門的な耳を持ってないとわからないほどの
完成度でそれはできる。
 
1度レコーディング中にこんなことがあった。
オレは興奮するとグランドピアノのペダルを強く踏むクセがある。
だからそのペダルの踏んだり離したりする独特の音も録音される。
「カッパさん。このペダルの音って気になりますかね?」
カッパちゃんは苦笑しながら答えた。
「ボクは気になりませんよ。塚本さんもそう言ってます。
 だから遠慮せずに弾いてください。
 それよりカオルさん。その『ペダルの音』が売ってるの知ってますか?」
オレは何を言ってるかわからなかった。
つまりこういうことだ。
「デジタルでつくったグランドピアノの音を
 デジタル機械で演奏させる。それの適当な位置に『ペダルの音』を入れる。
 そうすると『本物のグランドピアノで弾いてるカンジになる』
 
オレは軽く唖然とした。
 
多くのレコーディングは「クリック(ドンカマ)」と言われる「メトロノーム」のようなモノを聴きながら録音する。
まずクリックを聴きながらそのテンポに合わせて
ベーシックなドラムやパーカッションを録る。
間違えたら「その場所」から「パンチイン」という方法で録音する。
もしくは「その場所」だけデジタルで補正する。
そしてベースやギターも同じ方法でカラオケをつくる。
それにあわせてボーカルは唄う。
「発音 歌詞の間違え」などはやり直すしかないけれど
「音程 タイミング」は機械で直せる。
 
でもオレと塚本は「唄とピアノ同時録音 一発録る」にこだわった。
カッパちゃんも「その気」になってきた。
そしてクリックも試したがやめた。
曲が盛り上がってくるとオレの心臓の鼓動が早くなる。
そうするとクリックが遅く感じて気持ち悪い。だからやめた。
それに「ピアノだけ先に録る」をすると
「唄いながらでは弾けないフレーズも弾いてしまう」になる。
不自然だ。それはダメだ。
 
さらに同時録音だから「唄のマイクにピアノの音」が小さく録音されるし
「ピアノのマイクに唄」も録音される。
だから「間違えた所やり直し/パンチイン」すると不自然になる。
また「音程を直す機械を使う」とピアノの音も変化するからできない。
 
つまり「間違えたり気に入らなければまた最初からやり直し」ってことだ。
3曲を「最初から最後まで」を5回やれば15曲唄うことになる。
さらにそれをぜんぶ「聞き直す/プレイバック/チェック」の時間もかかる。
効率が悪い。
単純に声の消耗も早い。
でもオレたちは「前時代的なやり方」にこだわたった。
 
よく聴くと間奏でオレがジャンバーを脱いだりする衣擦れの音や
アクセサリーの音も録音されている
 
「ハダカのレディのバラッド」を唄った。
なぜかすごく新鮮で声も出てピアノもいい感じで
「これは素晴らしいテイクになるだろう」と唄いながら想った。
カッパちゃんも塚本も興奮した。
でも最後の方でオレは「致命的なミス」をした。
しかし。
オレたちは「間違えたか最初から」でやってる。
化学兵器は頼りたくない。
ミキシングルームからも「落胆のムード」が漂ってくる。
オレは開き直っていたから「もう1度やらせてくれ。
それでダメだったらもう今夜はこの曲はやれない。
唄もピアノも『間違えないように』という守りな無難なものになるから」
 
さいわいハダカのレディはその2テイク目がオッケーになった。
 
塚本が言った。
「あのさ。スーパーフォークソングという矢野顕子のビデオがあるんだ。
 それは唄ピアノ同時録音一発撮りなんだ。
 ある曲ですごくいい感じでやってたんだけど最後の最後でミスをした。
 矢野顕子はヘッドフォンを投げてピアノを蹴ってアタマをかきむしって
 ピアノに突っ伏してるんだ」
オレは答えた。
「これが自分のピアノだったらオレも蹴りたかったよ」
 
次回からは「各曲の録音状況」などや
支えてくれたメンバーについてなどを書いていこうと想っている。
   
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