横浜坊主




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横浜坊主 その10 「将棋が強そうな感じがした」の巻

実は今回原稿が大幅に遅れていて関係各位に御迷惑をおかけしている。
でもオレのせいじゃない。
ブッシュのせいだ。
戦争が始りそうで気になってなかなか筆が進まなかったのだ。
あの野郎。
イラク市民はもとより
オレ様の生活までおびやかしやがって。
いまNHKでは最終決議採択の特別番組を生中継している。
オレの〆切も最終局面を迎えている。
昼までに仕上げないと大村君に大パンチされる。
暴力反対。
爆弾反対。
ああ戦争が始ってしまう。
書名もしたし祈ったしライブでもブッシュの悪口言ったのに。
う。
途方に暮れている場合じゃない。
「横浜駅市営地下鉄タバコ事件」だったな。
明日家も人も吹き飛ばされてしまうかもしれない世界のニュースを見ながら
平和な世界での平和な事件について 矛盾を感じつつ書いてみよう。
ふう。
横浜市には歩きタバコ禁止条例もないしオレにはあまりモラルがない。
携帯灰皿を所持していることを言い訳に結構どこでもプカリとやってしまう。
その日もオレはくわえタバコで 地下鉄に乗るために横浜駅西口の階段を降りていた。
切符を買い改札へむかう。
考え事をしていたので
タバコのことはすっかり忘れて。
考え事というのは新しいガールフレンドやネコの発情期のことなど
誰もがよく思うことなので特に書く必要はないであろう。
くわえタバコのまま改札を通り抜けた。
その途端警報が鳴り響き自動小銃で武装した男達が数名現れた。
ウソです。
現れたのは肌の色つやが非常によい若い駅員。
彼はとても将棋が強そうな感じがしたので羽生君と呼ばせてもらう。
羽生君はオレにむかって何やら叫びながら ダッシュしてくるのだが
片手に水のたっぷり入った消火用バケツを持っているのでとても不自然な動きだ。
息を切らせながら羽生君が言う。
いや叫ぶと言ったほうがいいだろう。
「お客様。駅構内は終日全面禁煙です。」
そうだったな。
うっかりしてた。
「あ。ついうっかり。すいません。」
羽生君は叫ぶ。
「すってるじゃないですか。タバコ。」
え。ドッキリ?吉本?
「う。ゴメン。いま消すからさ。携帯灰皿あるし。」
羽生君は怒鳴る。
「ダメです。このバケツで消して下さい。」
「え。なんで。この灰皿じゃダメなの?」
羽生君は吠える。
「このバケツで消して下さい。」
オレは基本的に納得いかない事とは戦うことにしているのだが
新型のトラブルの匂いがしたのであっさり命令に従った。
羽生君は笑顔で叫ぶ。
「御協力ありがとうございました。」
羽生君は例の不自然な歩き方でしかし足取りは軽くプラットホームに消えていった。
これが事件のあらましである。
言っただろ。
そんなに面白くないって。
まあでもオレが嘘つきではないことがこれで証明された。
作り話ならもっと面白くする。
世の中には絶対に価値観の合わない人間がいる。
だから戦争がなくならないのだろうか。
   
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