誰ハロサブストーリー




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「ジョニーウォーカーの場合」
   
外人墓地の裏側に「元町プール」がある。
ジョニーウォーカーと出逢ったのはそのプールサイドだ。
黒い肌を人目にさらすのがイヤだったらしくジョニーウォーカーが現れるのは
陽が落ちてからだった。ばかデカいラジカセと半ダースのビール。
そして何かしらの「いけないもの」を持っていた。
オレ達はその「いけないもの」目当てでジョニーウォーカーと仲良くなった。
ヤツは兵隊のクセに忠誠心のかけらもなくしょっちゅう大統領の悪口を言っていた。
「オレはセンソーなんか大キライいダ。
フロントラインに送らレるのハいつだッてコクジンかラなんだゼ。
オレがスキなノはレゲエとジャパニーズガールとハイネケンだ。
ファッキュー!ブッシュ! ビバ!ボブマーレー」
ちなみに最近再選された「バカブッシュ」ではなく パパの「アホブッシュ」の事だ。

ジョニーウォーカーは陽気なヤツでそして恐らくは「いけないもの」とビールのせいで
いつもカタコトの日本語でジョークを飛ばし真っ白な歯を見せて笑っていた。
ヤツはDJとしてのセンスも抜群でラジカセからは常に素敵な音楽が流されていた。
とにかくオレ達はジョニーウォーカーといればいつだってナイスだった。

ある晩オレ達が元町プールにいくと
ジョニーウォーカーがうなだれてプールサイドに座っていた。
ラジカセからはなんの音楽も流れていなかった。
夜更かしのアメリカンハイスクールの子供達のはしゃぐ声だけが響いていた。
悪友が訊ねた。
「ジョニー。なにしょぼくれてんだよぉ?できることがあんならチカラになるぜー」
ジョニーウォーカーは下を向いたままキッパリとつぶやいた。
「オマエたちにデキるコとナンテなイ。ナニひとつナイ。」
たぶん苦笑いをしていたんだと思う。
そしてジョニーウォーカーは立ち上がり紙袋をkのポケットに押し込んで
そのままバイバイも言わずに脱衣所の方に去っていった。
黒い肌が闇に溶け蛍光オレンジの水着だけがやけに目立っていた。
「なぁカオルー。ついにジョニーはイカレちっまたらしいなあ。
また新しい売人探さないとなあ。」

紙袋の中身は大量の「いけないもの」だった。
オレ達はクリスマスプレゼントをもらった白人のガキのように「ブラボー!」と叫んだ。
そして悪友のアパートに仲間を集めて
何日もぶっ飛んでいた。「いけないもの」もなくなりかけた頃
つけっぱなしのテレビではどのチャンネルでも一斉に臨時ニュースが流されていた。
慌ただしくニュースキャスターが原稿を読み上げる。
「湾岸戦争が始りました。」
オレ達はやっと理解した。ジョニーはイカレたんでもキマッテいたんでもない。
前線に飛ばされたんだと。

翌日カオルと悪友は横須賀の基地まで行ってみた。
ムダ足だった。フルネームと所属部隊名がわからないと探すことなんて絶対ムリだと。
フルネーム?部隊名?そんなのオレ達にわかる訳ないじゃねーか。

ジョニーウォーカーとはその後一度も逢っていない。
悪友は長距離トラックの運転手をしている。
オレはいまでも夏になると元町プールに行く。たいていはガールフレンドを連れて。
2年ほど前に「健康増進法」という最低の条例のせいでプールは禁煙になった。
なんだかヨコハマにも裏切られたような気がした。
おかげで荷物がまたひとつ増えた。携帯灰皿だ。

これでおしまい。
   
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