Down Road
レコーディング日記




<< liblaryトップに戻る
   
  レコーディング日記4 「エンジニア青木の巻」
   

ダウンロードのレコーディングでの
最優秀助演男優賞は「エンジニア御社青木」だ。
(ヒロPは最優秀監督賞でマリさんが最優秀助演女優賞)

レコーディングは当初3日間の予定だったが
最終的には6日になった。
オレは嘘吹いていた。
(これはカオル造語。うそぶくは「嘯く」が正解。
 公文式などのヒトは注意!!テストに出るよ)

「ヒロシさん。10曲なんてちょちょいのちょいっすよ。
 唄とピアノだけだから楽勝っす!」
しかし。
没テイクを入れると13曲録ったし。
あにはからんや。(豈図らんや:予想外/意外)
現場でどんどんアイデアが浮かんだり
新曲を想いついたり。
またヒロPが「コーラス入れましょー」とか。
「あ。青木さ。この曲のピアノにマジンガーZをして。
 うん。あ。やっぱり唄を先にシャンデリアマーンで化粧して。
 おし。それが終わったら今度はコーラスに〜」
御社青木の「個人的なペース」を無視して
カオルはさんざん振り回してしまった。
ちょっと休みがあった時に(4秒ほど)青木が言った。
「カオルさん。申し訳ないのですがトイレに。。。」
すまぬ。

今回のアルバムは「現場処理」が多かった。
70年代の「スタジオでつくる」ってカンジがよかった。
カオルとヒロPとエンジニア青木の「3人でつくった」だ。

レコーディングの現場においてだけ
「独裁者」が必要となる。

例えば。
オレの声がかすれたり少し音程やリズムが悪いとする。
当然本人は「納得いくまでやりたい」と。
しかし。
予算も時間も限りがある。
有名アーティストやお金持ちなら
「今日はあまり声の調子がよくないから
 アシタにしましょう」とやれるのだが2日しかない。

そういう時に「プロデューサーの独断」がいい。
「声はかすれたけれどこれは味ってことでオッケー。
 リズムは悪いけれど勢いがいいカンジだからオッケー」
こういう采配がオレにはとてもよかった。
前作のバラッドキングも塚本晃がそれをやってくれて助かったけど
あの時は録音だけで5日あったが今回は2日間。

最終的なマスタリングにオレは参加しなかった。
スケジュールの都合もあったのだけれど
またオレが「やっぱりここをやり直したい」とジタバタするのを防ぐために
ヒロPと青木に丸投げした。

とてもいい作品になったと想う。

さて。
「レコーディング」は2000年前後から
デジタルの台頭によりドラスティック(急激)に変わった。
21世紀になりテープでのレコーデョングは衰退して
デジタルのパソコンが主流になった。

青木は千葉ルックのチーフエンジニアである。
ステージの音響PAを担当。(PA/パブリックアドレスの略 音響拡声装置)
機材の管理やマイクの清掃もこなすプロである。
しかし。
レコーディーグエンジニアと会場でのPAはまったく違う。
おなじボールを使って競技するがサッカーとバスケットボールぐらい違う。

アナログレコーディングをカオル風に説明。
テープは「原稿用紙」だとイメージして欲しい。(1枚=1トラック)
右上からたとえば歌詞を書いていく。
歌詞の内容だけでなくて「字のカタチ」も重要。
この両方の要素をあわせてが唄だ。
カタチは音程やリズムなど。
しくじったところは書き直したい。
その場所を消しゴムで消す。
完全に削除してまた書く。
そういった作業を繰り返すほど紙は痛んでくる。
また「さっき書いた方がよかったな」と想っても
消しゴムで消したものは復元ができない。

「潔い決断と早く正確に書く技術」が必要になる。

そしてデジタル。
これはパソコンなどのワープロだと想って欲しい。
歌詞の内容は(まだ)パソコンではつくれないが
リズムや音程は(改行/文字の種類を揃える)はできる。
まちがえたりしくじった。
そうしたら「新規作成」して何度でもできる。
すべて「別名で保存」して機材の容量があるかぎりできる。

コーラスやサビの繰り返し。
原稿用紙は何度も同じことを書かなくてはならないが
パソコンは「シャラララ」と1度唄えば「コピペ(コピー&ペースト)で
貼付けていけば簡単。

オレたちはそもそも「音程を直す機械の使い方」がわからなかったし
とにかく極力「不要なデジタルの利便性」は使わなかった。
青木が軽く「カオルさん。コーラスをコピペしたらラクです」と
言ってくれたのだが断固拒否した。
「アシタはマリさんが来る。
 理由はあとで説明するけれど
 オレの前でもマリさんの前でもコピペとか絶対に言うな」

いまテレビから流れる音楽はほとんど「デジタルの修正」がされている。
リズムもかっちりしているし音程も機械で正確に聴こえるようになっている。
不要な情熱やささやかなノイズも徹底的に排除されている。
オレの耳ではいい音には聴こえないし
誰が唄っていても同じような唄に聴こえる。

ビートルズの時代は(1960年代)は
「原稿用紙が4枚から8枚」しかなかった。
現代はメモリーがある限り無限に近い。

結局は機材を扱うヒトの心だ。
有機栽培のよい野菜を使っても化学調味料を多量に使えば台無しだ。
無難な味にはなるだろうけれど「個性的な味」にはならない。

今回のアルバムは
そういうオレたちの「心」がしっかり録音できた。

すべてはSimple(シンプル)であるべきだ。
だけどEasy(安易)にはなってはいけない。
オレは「シンプルになりたい」と想っている。
まだまだ贅肉は多い。

見極めるのはむずかしい。
グラスに注がれれば米だけでつくった日本酒も
化学兵器でつくった偽の日本酒も見分けがむずかしい。
外見を見れば「ファミリーレストランの料理」の方が綺麗かもしれない。
でもオレは「無人島レコードの寺尾が煮込んだ牛すじ肉」が断然に好きだ。

そういうことを考えならがら
「自分のカタチ」をつくっていくことが「生きる意味」だとオレは想う。

御社エンジニア青木とのコミュニケーションで
オレは「そういうこと」を再認識できた。

つづく

  topへ↑