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03 犬と詩人とデンソン君   カオル作   2007 spring


都会にデンソンという優しい働き者のオトコがいます。
愛妻と愛犬と仲良く暮らしていました。
デンソンの夢は「愛妻の産んだコドモと愛犬が遊ぶ姿を見たい」でした。
シゴトに疲れた時や満員電車の中で苦しい時にデンソンはその光景を思い浮かべ
なんとか毎日都会の荒波を乗り切っていました。

ある日デンソンは愛妻から「赤ちゃんが授かった」と伝えられました。
少しビックリしたし「父親になる」というコトがまだ理解できませんでしたが
デンソンはやっぱりとても喜びました。
そして「夢に近づいたコト」がなにより嬉しく想いました。

しかし。
事件が起こります。

なんと愛犬が「不治の病」にかかってしまうのです。
獣医に「コドモが産まれてくるまで命があるかわからない」と宣告され
デンソンは嘆き涙を流しました。
「どうしてだろう?ひとつ手に入れるとひとつ奪われてしまう」
それはどんな比喩や形容詞もあてはまらない深い悲しみです。

デンソンの友人に鬱病の詩人がいました。
もうすぐ春になる頃「風の噂」で詩人は「愛犬とベイビーの話」を聞きました。
詩人はその不条理さに腹が立ちましたので
万年床から起き上がり神様に電話をしました。

「神様か。詩人だよ」
「おお。なにか用かね?」
「かね?じゃねーよ。デンソンのコトだよ。ヒデーじゃねーか」
「ふむ。キマリなんだよ。どうにもできないんだ」
「てめー神様のくせにどーにもできねーのかよ。バカ」
「すまない」
「じゃあこういうのはどうだ。
 オレは鬱病だ。ただ生きているだけでしかもつらい。
 今日もマクドナルドで小さなハエが鬱陶しかったので2匹叩き潰した。
 あのハエは何もしていない。なのにオレに殺された。
 ハエにとっては『キマリ』だったのか?
 まあいい。
 神様。頼みがある」
「なんだね?」
「オレの。鬱病詩人と愛犬の寿命というか命を交換しろ」

神様は黙っています。
詩人は煙草に火をつけました。

「詩人よ。その願いはかなえることは出来ない。
 というか人々は古くから勘違いをしているが
 神には願いをかなえる技術も権利もないのだよ。
 すべては自然や生態系が決めるのだよ」
「意味わかんねー」
「詩人よ。神を作ったのはヒトなんだよ。
 祈る時になにか対象があった方が便利だろ」
「立ち小便の電柱みたいなもんか? 
 とにかく愛犬は散歩中に電柱におしっこかけるのが愉しみなんだよ」

神様はまた黙りました。
受話器の向こうでライターをつけるような音がしました。
神様も煙草を吸っているのでしょうか。

「詩人よ。今回だけ例外的にその願いをかなえよう。
 オマエはこの物語の作者だからな」
「よし。言ってみるもんだな。
 そんでオレは具体的にどうすりゃいいんだ。
 毎日ドッグフードを喰うのか?」
「愛犬は犬としての最高齢まで生きるだろう。
 そして詩人はあと半年で死ぬだろう」
「そうか。半年か。ギリでプールに行けるな」
「いや。それはムリだ。オマエは『不治の病』になるのだから。
 恐いか?取り消すか?オマエの物語だからまだどうにでもなるぞ」
「ふむ。取り消さない。それでいい」
「いいんだな。詩人よ。オマエはこれから病の床に死ぬまで伏せることになる」
「かまわねーよ。毎日寝てばっかだからそんなに変わらない」
「詩人よ。オマエは毎日死ぬまで詩を書きなさい。
 手が震えて書けなくなったらレコーダーに吹き込みなさい」
「わかった。オレは毎日毎日詩を書くよ。
 あ。オレが不治の病ってことは愛犬が鬱病になっちまうのか?」
「そうだ」
「うむ。そうかあ。交換だもんなあ。
 でもウツは見かけよりつらい。だからオレもこんなコトを言いだしたんだ。
 よし。これは物語だ。それはなしにしよう。つじつまが合わなくてもいい。
 その辺は作者の都合でさ。な。いいだろ?」

神様は黙っています。
煙を吐き出すようなため息のような音がしました。
「おい。返事しろよ。今月は無料通話分があまりないんだよ」
「わかった。愛犬は鬱病なしだ。この物語の作者はオマエなのだから仕方ない」
「物わかりがいいじゃねーか。さすがオレの創作した神様だけのことはあるな」

その翌日から愛犬はグングン元気になっていきました。
可愛いコドモも無事誕生しデンソンも愛妻も大喜びです。
詩人は毎日万年床の中で詩を書いています。
時々タバコに火をつけながら空を眺めます。
もうすぐ死ぬというのに詩人の想いだすコトはくだらないコトばかり。
「修学旅行のバスで隣だったケンジは小指の爪だけ長かった」
「はじめてギターの弦を張り替えたとき逆にしてしまった」
「ヨーコが三枚町に住んでた頃の電話番号」
それでも詩人は「悪くない人生」だったように想います。

「なあ神様。いのちって死んだらどうなるんだ?」
「それは。神のみぞ知る。だ」

デンソンから小包が届きました。
沢山のタバコと写真が入っています。
写真には元気になった愛犬と家族が写っています。
「デンソンの笑顔はちょっとムリした笑顔だなあ」と詩人は想いました。

おわり。
   
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